おさかなリボン

アクセスカウンタ

zoom RSS 生きること・2  ・・・ 一寸

<<   作成日時 : 2011/05/22 17:37   >>

トラックバック 0 / コメント 22

「一寸」・・・およそ3cm〜でありますが、

長さの単位の話じゃありません。
 
 
 


「一寸先は・・・・・」と言われますが、

ほんの少し先の未来も予測できない (まぁ、それだからこそ未来なのでしょうが・・・)


でも、もうチョット違う所の話をしてみようと思います。




 
「ちょっと」を変換すると 一寸と出ます。


ほんの少し、ほんのちょっと、・・・何故でしょうね〜

昔の人の感覚もあるのでしょうか、身近なもので表現されてるのかも知れませんね。







さて、この「ちょっと」


ほんの少しだけ、、ほんのちょっとだけ、、違ってたら、ずれてたら、、ということは
人生の中で大なり小なりあるけど、きっと良い方向へと人間いこうとしてると思う。。

勿論、命に大いに関わることも。



2ヶ月以上経った今。

もう2ヶ月? ・・・いえ、まだ2ヶ月・・?
2ヶ月という「時間の長さ」が どうだというんじゃなく、
生活においても、また精神面でも、不便や不安、まだまだ続いてる中、
それでも、前よりはほんの少しでも・・・少しずつでも進められてきていると信じています。
勿論、問題もまだまだ山積みでしょう。。
が、時々見る笑顔で頑張りや希望が言葉で言わなくても自然に伝わってくるようで。。

現在もそうですが、当時の頃も感じたのですが、
「可哀想」という一言だけじゃなくて・・・
(というか、私はその言葉が言えないのですが)

必ず上がって来れる、大丈夫だと信じられる事と、踏ん張れるだけの力強さを感じたから。
それと、なんだか自然と共に生きてる人たちと感じたのです。
自然の恩恵や厳しさも解ってる人達と・・・。

何故、そう思ったのかなぁ。。
確かに、漁業、農業等が中心で・・・という土地柄から想像してと言うだけじゃなく、
報道などから伝わってきた、被災された方々の言葉や行動などから感じました。。



1ヶ月後の頃に、TVで・・・

『防災の町』という言葉が飛びこんで来ました。

実際はあまりにも大き過ぎた自然の脅威でありましたが、それでも助かった命もある。


昔の記憶、記録、経験を踏まえての「意識」があったからではないかな・・。


只、防災のための設備を造っておくだけじゃなく、
日頃から訓練等を行いながら、避難場所や避難方法など身に付けてられた様です。





直後の頃から 暫くの間、日本の各地で 買い占め現象、ありましたね。。
(遠く離れた地方でも・・)

あれも不安な心理からなのでしょうが・・・
ブームに乗っかってる様な傾向が、嫌だなと思いました。。

その時、
「イザという時、あれだけ買い占めてどうするつもりだ? 先ずは命≠セろ?」
そう思ったものです。
それに・・・台風などと違って、地震などはいつ来るか判らない。 出先で遭うかも。



「備えあれば憂いなし」ではありますが、
先ず一番大事なことは何か?という「意識」。


その事を被災された地方の方々から、もう一度教えて頂いた気がしました。




「運命」とか、、言葉では言えるけど・・・
その環境の中でも何とかしようという力は発揮する事も出来ます。

高台に住んでおられて、避難したものの、一旦戻られた方と・・・
いつもの避難場所まで行ったものの「これはもしや?」と判断し裏山へと登っていった方と
ちょっと≠フ違いで、運命が大きく違ってしまいました。。

海に近い場所の方でも、手摺りにしがみ付いて懸命に踏ん張って助かった方も居ます。

家屋の倒壊した中で、僅かの隙間で、少しの食料を口にしながら、
お婆ちゃんとお孫さんが、助けられたという事もありましたね・・。


自然の厳しさも知ってるけど、「生きること」を大切さやそれに対する手段など、
自然に身につけてられるだろうなと 改めて思いました。


もし、「何かが起こった時」のその時の意識が持ててなかったら、
パニックになったら・・・、それは2次災害になってしまいやすい。。
助かる筈の命は、ちゃんと助かるようにしないと。。









災害に限らず、人生の中で「あ〜、もうダメだ〜。嫌だー。」と思う事はあると思います。
どんな世代、環境、関わらずとも、何らかの形で そういう時はある。

いえ、比べてるのではなく、、 誰にでも、大なり小なりあって、、

私は、その時にきちんと考えること、大事でもあり、出来る事だとも思います。






「命」って、「生きる」って、きっとそうでしょう。

人と同じ場合もある。  けど、違う場合もある。  

だけど、どちらも間違いじゃない、、 模範解答じゃなくてもいい。。


その時の正しい判断ができれば、、また見つけることも出来る筈。




命って、、生きてゆく事って、、「生かされている」というのは、

ギリギリの所を歩いてる・・・
踏ん張ってるから、 当たり分を貰って、当たり前に生きていられる。




「一寸(ちょっと)」が存在している。。
















決して感情的にいってるんじゃなくて・・・

(正常分娩であっても)息子二人を産んでること、命を産んでること。

4年と8ヶ月程前に、本当に死に掛けていたこと、命助けられたこと。




それらの・・・私の中の経験・・・それもあります。






だけど、もっと身近な感覚で考えられたことは・・・。


私は、2月末に「怪我」をしました。

ほんのちょっとのことで、些細な原因で、、救急搬送して貰う怪我をしてしまいました。



ほんの少し ずれてたら、何かが、力の具合が違ったら、

もしかすると、最悪の場合、私は死んでたかも知れません。。
打ちどころ、というものです。。

もっと大怪我だったら・・・入院だったかも知れないし、
体の不自由や、生活への影響を及ぼしてたかも知れません。




結果を言いますと、、此処でブログ書いてるくらいですからね、大丈夫です。





ほんの些細な原因で、起こしたものであったけど、

その瞬間、どうすれば最小限で済むか?  踏ん張ろうとしたり、受け身を考えたり
私なりに、一瞬と一寸で思いました。


ぶつかった瞬間は、
「死んだかな。」と思ったものの「意識ある。」と気づけて、・・冷静だった。

「動ける?・・・うん、動ける。。 動いてもいいかな。」などと。。





今じゃ、笑い話の様になってて、本人が笑ってるから、周りが呆れてます。

顔が一部、痣になって(但し、遅いけど回復中)
唇も一部 痺れたまま、歯も一本無くしました。(治療完治はしてます。)

でも、落ち込んでもない。
面白がって誤魔化してるのでもない。



食事も出来るし、水も飲める。  痛くて眠れないという事は無い。

チョット発音が変ですが・・・ まぁ、丁寧に言えば済む。



だけど、考えようによっては・・・かなりのショックを持つ場合もあることでしょう。。



でも・・・全然。。

この事に関したら、やり方いくらでもありますもん。




鈍感なのでしょうか。^^




「まだ、マシ。」という、比べるような考えで心を保ってるのでもありません。


自分でも不思議なくらいなんですけど・・・





「生きている」 を 感じてる


それだけです。







一本橋でもなく、綱渡りでもなく、、「淵」を歩いてる。



ちゃんと しがみつく所はある、踏ん張る場所もある。



そうやって、一日一日を生き積み重ねてる。。










「一寸」のところを


僅かな≠烽フにせず、「大切な自分」に変えて。。












テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

コメント(22件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりです。こんばんは。
怪我なさってたんですね。
本当に、大事にしてくださいね。

生きること…命があることですよね。
世の中の全ての形のあるものは、いつか
無くなります。
特にこのような災害では、家も車もお金も
何もかも。
でも、自分が生きている限り失うことのない
財産は自分の中にあります。
死ぬまでの間を、自分らしくどう生きるか?
自問自答しています。
プチ・ミニ
2011/05/22 21:58
怪我をされてたんですね・・・でも大事に至らず、ホント良かったです。
そして、マリルンさんの言葉・・・力強い!
>「生きている」 を 感じてる
今の日本にホントに必要なことだと思います。
否定的な気持ちになることも多いこの頃ですが、いつもマリルンさが言われている、前向きに行かないとですね!
てっち
2011/05/23 23:20
おはよう♪
そうだったんだ。
そんな風に思えるマリルンちゃんはスゴイ!!
私だったら・・きっと凹んでるなぁ。
そんなマリルンちゃんにいつも元気もらってます☆
うん。
確かに「一寸」次第かもしれないね。
考え方もそれでぜんぜん違ってくるもんね
りっちゃん
2011/05/24 05:01
★プチ・ミニさん

こちらこそ御無沙汰してます。
すみません。。
現在の状態と体調は、大丈夫です。
ありがとうございます。

「いったい、どうしたん〜!」と驚かれ、その時の事を説明すると
もう一回、相手の方は驚かれます。
でも、本当に不幸中の幸いというか、助かって。。
だから、近況報告としては大袈裟だからと最初の頃は書かないつもりでしたが、きっとそれも災害の起きる前だったから。。
大きな災害の状態を何度も目にし、また、以前からも思ってたことでいつかは記事にすると思ってた『生と死』についての事も頭にあって、
今回、此処に出しました。
「生と死」「命」に関する事は、これからも折に触れ書く時もあるでしょう。
また、2ヶ月経った今、そして報道もだいぶ落ち着いてきた今、
この記事はタイミングが違うのかもしれない。。
だけど…「命」って、ホントにいつ≠ニいうものじゃないですからね。

自問自答できる事も、生きている 生きていくことなのでしょうね〜。
「一日一生」と思って行きたいと思います。
マリルン
2011/05/25 00:13
★てっちさん

どう考えても・・・その言葉に辿り着くんです。
そうしか言えなくて。。
「生きていこうと思う」とか「生きなければならない」とか、、
基本的には大事な事で、勿論 頭にもありますが、
わざわざ「考えること」でもなければ「感じようとする」のでなく、
もう既に「感じてる」しか思えなくて。。

あ〜、これは「幸せ」に対する捉え方と似てますね〜。
似てるというか、、同じです。^^

身体の方は、日にち薬で本当によかったです。
ありがとうございました。
マリルン
2011/05/25 00:20
★りったん

「一日一生」。。。
一日分 生きた、あ〜よかった。
明日も朝目が覚めたら、明日も生きよう。
・・・の様に思ってるので、楽天的というか。^^

これでも何年か前は、、
「明日もし目が覚めなかったらどうする??」とか、
朝起きた時、「あ、生きてた。」と
どことなく思ったりしてました。
「チョット」似てる様で、コレも違うんですよ。^^
(当時は、身体からの悲鳴が その様な精神になったのかも?)

「私はいくつまで生きれるんだろう。」と思ったら(←しかも不安に)
残りの数(年)の方が気になる。 
残りの数は当たり前に減ってゆく。。 未来に在るのに。。

生きた分(年)≠ヘ、過去に在る。
けど、、きっと増えてゆく。
思い出とか、記憶とか、記録とか、形は変わるけど。。

と思ってます。^^
マリルン
2011/05/25 00:30
自分は死なないと思っている人を現代人という。
〜ってTVで言ってました。

街の治安がよくなり、戦争が起きているのは遠い国。
医学が発達して、人は家の中で死ななくなった。
死の実感がないから人は今日という日を一生懸命に生きなくなった。
だから今日果たすべき約束も簡単に先延ばしにするようになった。。。と。
そんな現代人に言いたい!!
人の命なんて本当は明日をも知れないのに。

お怪我はいかがでしょうか?
大変でしたね。
どうぞお大事に!!
みやび
2011/05/26 11:11
怪我大丈夫?
鈍感なんやなくて。。。強いんやと思うよ

命。。。生と死は隣り合わせやからね
今生きてる事が大切なんよね
だから。。。頑張っちゃう
明日はくるけど、私にも来るかはわからないもんね

30歳の時に同級生が突然死でこの世を去りました
父、叔母、叔父、祖母、夫の友人、友人の息子、知人の娘。。。
生きてると見送る人が増えていきます
そして、いつ自分も見送られるかわかりませんもんね

長生きするかもしれないけれど、家族には人の命は強くもあり儚いものでもあるんやから、私が死んでも困らないように何でも自分で出来るようになってた方がいいよって時どき言ってますよ
とまる
2011/05/27 01:56
こんばんは。
さて、まず前記事について。
浦安は僕も地震当日にあちこち通りましたけど、小さな浦安市内でも場所によっては酷い所とそうでも無い所の差がありましたね。(見た目では)
浦安に限らず千葉の東京湾沿いの海近くの埋立地はみんな似たような状態で。
その後の計画停電なんかもしょっちゅう停電する場所があればウチみたいに何故か全然停電しない所もあり、これには不公平を感じましたが・・・(となり町はよく停電してたので)
その後も余震は多いです。でも段々慣れてきたというか、いちいち気にならなくなったというか。
あまりいい事じゃないんですけどね。
で、先日被災地に手伝いに行きましたが現地の方々の方が余程強いというか、たくましく生きておられる気概を感じること多々ありました。
水がない電気ない暖もとれない食料もないで大変な環境なのにね。
少なくとも僕が見える範囲においては諦めたような顔をしてる人はいませんでした。
ほんとにね、僕なりに改めて「生きること」を考えるきっかけにもなりましたし、現地へ行って人生観変わったもん・・・

前置きが長くなりましたがマリルンさんも怪我されてたんですね。
まずは大したことがないようで何よりです。
おっしゃる通りほんの少しのズレで・・・後で笑い話で済んだり取り返しのつかないことになったり・・・それは被災地のつめ跡を見て、人の話をきいて実際に感じましたが・・
いつも目覚めて・・・さわやかな陽を浴びること、その大切さを感じたいです。
祐太郎
2011/05/27 04:30
マリルンさんこんばんは(^^)ご無沙汰してます。
大怪我されたご様子…どうかお大事に。
震災当日、死を意識したときが2回ありました。でも怪我をすることなくやり過ごした後、自然と「生かされた」と思いました。
今は今で20、30年後の健康被害を考えると不安でしょうがないですが…この2ヶ月余りは、30ン年生きてきた中で何よりも生きてる実感を感じてました。今もって継続中です。
自然とともにある、被災地の方々の姿は、時に復興の足枷とも捉えられそうですが、人間として大事な姿だと、私は思います。
おれれ
2011/05/27 22:37
★みやびさん

ホント! みやびさんの仰る通りです。
…という私も、頭では解ってっても実感できたのは数年前からの事。
自分の患った病気が、誰にでも起こりうるものということも
考えるきっかけにもなってます。
事故(怪我)、病気、災害、事件、戦争(テロ)・・・・・
確率がどうとか言うんじゃなく。。。

寿命の長さとかそういうことじゃなく、
例えば、健康的な心身を持って過ごしていれば、
結果的には、元気でピンピン、理想的な最期も迎えられるということで
ホントに、長さじゃない。。
生きる≠感じ取れれば、、いいんですよね〜。
先ずはそこから・・・ そして一番大事なこと。。

御心配ありがとうございます。
大丈夫です〜。 ほんとに油断でした。。^^;
マリルン
2011/05/28 10:39
★とまるさん

そう、時間は止まる事もなく 戻る事もなく 早まる事もなく、
そこに存在しているけど、、
「命」は、いつどうなるか?は誰にも本当の所わからない。
解らないからこそ、考えたり、気をつけたり、一生懸命生きる・・・
「一生懸命」と文字にしちゃうと、気が詰まる様にも見えるけど、
そうじゃなくて、生きる事自体がそうなんだろうな〜と思えます。^^

経験があったからこそ、気づけることもあるけど、、
経験がある者からの言葉で、伝わるという事もあって、、
親から子へ伝える、というのはとても意味があり 大事ですね。
マリルン
2011/05/28 10:49
★祐太郎さん

そうなんですよ。
本当に、、新しい埋め立て地の方が酷い様子と息子からも聞きました。
さんずいヘンの漢字や水に関係する漢字が使われてる地名は
災害時に気をつけたい場所、と数年前にラジオで聴いた事あって
息子の所もそれで心配してたら「昔からある所だと思うよ」と。
ひと言で「地盤」と言っても、これだけの差があると
今回のことで理解できました。

祐太郎さんも、この度 大変な中、ご無事でなによりです。

TVの画面では、そういう部分しか映さないかも?とは思うものの、
それでも被災地の方々を信じていたかったし、いました。
実際に触れ、やはり同じく、、なのですね〜。
その気持ち、力を持っていられれば、大丈夫ですね。
希望がある。。

「明日の楽しみ」や「明日(将来や未来)の期待」ある時は「約束」
それがあるから、「今を生きる、生きられる」
やはり、今のこの地点≠ゥらですね。
マリルン
2011/05/28 11:04
★おれれさん

>自然と「生かされた」と思いました。

この部分、インタビューなどでも殆どの方が言ってみえました。
何かが起きてから気づくこと、人間はそういうもので。。
でも、そこで気づくことが大事な訳で、、
また、そこからどうやって行こうかと考えるから
きちんといい方向へと変化してゆけるんだと思います。
誰でも、幸せや安心を得たいもの〜。

先日、阪神淡路の時と今回の震災と…復興について、報道の中で…
阪神淡路の時は、都市の中でした。火災や瓦礫の状態が記憶にあります。
大きな震災が今迄無かったのもあって、その分被害も大きかったけど、
復興も少しでも早く出来た様子。。
今回は、「自然」と大いに関わってるから(自然=命ですし)
とても長い時間が必要だろうと…TVで聴きました。。
原発の問題も目に見えない分、解りにくく心配ですね。
此方は、中電の地域ですが、浜岡原発、4・5号機停止・・・
東海地震などで大きな被害、津波など考え、、前もっての停止が
決定したとか。。此方もこの夏から節電対策です・・・。
不便な部分も出てくるでしょうが、、
災害だけでなく、どちらも「自然」、生かされてる場所、、
環境をきちんと考える時期に来てるんじゃないか、とそう思ってます。。

おれれさん、御苦労はまだまだあると思われますが、
充分にお気をつけて、御家族皆さま安心で安全でありますよう
願っています。。
マリルン
2011/05/28 11:32
マリルちゃんに、そんな事が・・・

逆に最近のマリルちゃんが、
私にはとても伸び伸びしてるように感じられていたので驚きですが…
考え方ひとつなどとも、よく言われるけれど
喜ばしくない出来ごとに遭遇した場合
ネガティブ・ゾーンから抜け出すのは、とても難しいと思います。

マリルちゃんは、自然に受け入れることができて
強くて、冷静ですね〜*
そういうトコロを私も見習っていきたいです!!^^
あみ♪
2011/05/28 15:52
★あみ♪ちゃん

驚かせちゃったけど、そうなんですよ〜。
本当に打ちどころ悪かったのか?と言うくらい天真爛漫になって〜
(あ、でも大丈夫そうです。ボケてません。^^;)
なんていうか、開き直りに近いものかも知れません。
「どうでもなれ」とか「比べたらマシ」とか言うのじゃなく、
・・・なんだか見えてきますね〜。
本当に、瞬間は、、頭蓋骨や脳がいったかと思ったけど、
顎の骨さえも大丈夫で、歯一本に力が集中したのかもしれません。
その瞬間…自分、踏ん張った、支えたのかも知れないな。。
(近くの交番まで歩けたくらいなんですよ。^^;)
地元じゃなかったから良かったのか?じゃないので恥かしいか?
息子の引っ越し先の浦安で、、です。
家族に引き取って貰うが規則らしく、息子に余分の仕事と心配を掛けてしまいましたが。。
「危ない」と言う事に関しては、血栓症で経験してるので、
息子も冷静な方でした。

今でも、自信なさげな時は、沢山あります。
おどおどしてしまったりも。。
なので、覚悟を持つように意識するようになりました。
身体に関しては特に、そうなのかも?

『今、必要な事』
怪我の時も、病気でもそうですし、精神的な事も言えますね。。
または、「やっておこうという事」も含めて。
きっと後悔したくないんですね…それだけです。^^
マリル
2011/05/28 16:52
怪我されたこと、たしか以前の書き込みでも触れていたと思うので、認識はしていましたが、結構大変な事故だったようですね。
大事に至らず、良かったですね。
一寸先は予想できないことだらけ。
だから、いろんな事を想定して準備しているつもりでも、すべてを想定できないし、対処しきれないことって多いですよね。
結局、自分が体験していない事って、想定しにくいし、対処の仕方も不十分になるんでしょうね。その結果、みんなぎりぎりのところで踏ん張ってるんじゃないかと。
福島の原発もそんな感じですよね。
覚悟も大事だけど、あきらめる事では無いと思うので、『今やれる事は今やろう!』と思う今日この頃です。
だんだん何言いたいのか解んなくなってきたなw
何はともあれ、マリルンさんの怪我、大した事なくてほんと良かった^^
bowz
2011/06/01 22:56
僕たちの曲「I WISH」をご覧頂きありがとうございます。
この場を借りてお礼申し上げます。
怪我は大丈夫ですか?
無理なさらず元気に過ごして下さい。
(どーも初対面の方には、かしこまってしまうな・・・)
Kensan
URL
2011/06/02 05:02
こんばんはぁ。

マリルンさん、怪我されてたんですか。
気をつけてくださいね。
でも、大事に至らずに良かったです。
まさに「一寸先は、、、」ですね。
約3cm、、、
それが生死の別れ目になることもありますからね。

先日、車を走らせてて、急に車線変更してきた車に、
サイドミラーをぶつけられました。^^;
「ぶつけられた」という事実は嫌なものですけど、
サイドミラーが当たった事により、大事故にならずに済んだ、
そんな風に考えると、それくらで良かったのかも知れません。
そのお陰?で、更なる安全運手を心がけますしね(笑)

なんか話が反れてしまいましたけど、
お体、大事になさってくださいね。
生きている事を日々感じられる人は、強いですよ。
これからもブログに音楽と頑張っていってください♪
ハロン
2011/06/02 19:03
★bowzさん

ご心配お掛けしました〜。
でも、大丈夫だったので、当時は「怪我した」くらいしか言ってなかったんだと思います。^^;
長男の引っ越し先の浦安で怪我して(因みに…2月です)
手伝いもそこそこに、一日早く地元に帰る事になったんですが、
新幹線で ちょっと恥ずかしかったな。^^;
↑ 本当に笑い話の様に言えますが、それはその結果だったから。。
自分も「まさか?!」というものでした。
油断の結果もそうですが・・・
『今やれる事は今やろう!』の様に、今やった分は必ず何か残る。
少しだけなら少しだけの分。
例)やった!という達成感も(過去)こうなればという気持ち(未来)も
先ずは今≠ェあってこそですね。
踏ん張る位置は、常に自分の足元だから〜。。
マリルン
2011/06/03 21:12
☆Kensanさん

コメント頂き、ありがとうございます〜〜。(^^)
♪「I WISH」を気持ちよく聴かせて頂きました〜。
これも、生きていて、そして元気で居られるから〜
聴くことも出来るんだなあ〜〜、幸せです♪
怪我の方は、もう大丈夫です。^^
ありがとうございました〜。
マリルン
2011/06/03 21:16
★ハロンさん

「ほんのちょっと・・・」とか「あの時こうしていれば・・・」とか
行ってしまいますが、これも一寸≠フことね。。
遭遇した事も「一寸」なら、それをどう考えるか、処理していくか等
これも「一寸」・・・考え次第というもので。。
きっと立ち位置は同じ場所=「今」に居るんでしょう。
その先の眺める場所が・・見える場所かな?・・違うのかも〜?

ハロンさんも、交通安全で 気を付けて下さいね〜。

そして、「嬉しいな〜」などの感情を代表に(^^)持って、
歩んで行きましょうね〜〜。^^
マリルン
2011/06/03 21:23

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文
生きること・2  ・・・ 一寸 おさかなリボン/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる