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<<   作成日時 : 2011/05/12 00:59   >>

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先日、GW後半に長男が帰省した。(3日間)
 
 


期限付きの転勤じゃなく、住民票も転居先に移動したくらいだから、
年に何度も帰ることはないと言ってたが。。
 

有給休暇を交代で取るらしいから、タイミングもあったんだろう。
自分の物を取りに来るついでもあったし。。



向こうの生活は、一年間慣れてるし、東京はいろいろ行きたい所もあるらしい。
地元に帰っても暇そうに過ごしていた。
買い物や食事の下ごしらえの準備もあるし・・・と、早々に帰っていった。


まぁ、何とか工夫してやってる様だ。




住まいは千葉の浦安。


遠く離れたこちらでは、ニュースなど見ると大変な様子が伝わってくる・・けど、
場所によっても違うらしい。
・・・というのは、長男から聞いて分かったこと。

液状化現象、断水、停電(計画も含む)、情報手段、交通手段、スーパーの品薄状態・・・

これらに関しては、2ヶ月程前、報道と・・・そしてチャットの場で把握しながら、
本人と連絡取れた時は話を聞きながら、分かって行った。


長男の住んでる近辺は、液状化は免れてた事、電車も本数にそれほど影響なかったこと、
停電も ほんの数回だけだった事、断水も初めの方であったっきり、
近所の保育園?幼稚園?の給水車まで水を貰いに行ったのも1〜2日?くらいだったこと。
 
携帯は時々 繋がらなくなったり、スーパーの品物が昼間、仕事で買い物行けないから
夕方過ぎではもう殆ど無かったり、店も早くに閉ったりで、それは不便だったこと。

本当に・・・品物だけは、棚が空っぽで困ったものの、代用するなりで過ごしたようだ。
こちらから、少しだけど2回送ってる。。

余震も、「ほんとに揺れてるのか?慣れたみたい。」と。
それくらいの地盤の所に居るのかもしれないし、鈍感なのかも、そう思おうとしてるのかも。



帰省の数日間、様子を見てたけど、のんびりした様子。
それと、帰って行くにしても・・・いつもと変わらない。寧ろ早く帰ろうとしてたくらい。

ほんとに、鈍感?   いや、鈍感力(?)でもついたのならいいけど。



震災直ぐ後も、それからの日々も、そして今も、
「慌てたって、しゃ〜ないやん。 なんとかなるし。 するし。」


うん・・・。 大丈夫やな。


顔見て、その言葉聞いて、安心と 確信。



ほぅ〜。。

あんなに不安がりで、いつもメソメソしてて・・・体調まで崩し易かった子が、、
(と言っても、小さい頃〜小学校の頃も・・だが・・・。)


いつの間に覚えたんやろ。

というか、いつの間に身に沁み込ませたんやろ?


まぁ、いい。。




慌てたり、煽られたり、、、その結果の現象、、それ見て、、

がっかり・・・というか、首を傾げたい気持ちになったらしい。



逆に、「人のふり見て・・・」じゃないけど、他のことは冷静に見える。

まともに自分に振り掛った時、その時こそ、慌てない、焦らない、冷静を≠アの考えを

ずっと忘れないでいて欲しい。。



これからも・・・

どんな事が起きるかもしれない。

災害ばかりじゃない。

事故、事件、病気、他も・・・・身の危険に晒されることは 0%ではないんだから。



人生においても・・・

人間関係、責任、いろいろ選択し決断の時もあったその時のためにも


忘れないで欲しい。。





帰省(休暇、義理事)以外は・・・・・離れて住む。

すぐに飛んで行けない所に、お互いが居る。



万が一の時は一人で生きていかなければならない。

その為にも。。







いや、普通に考えても そうなる可能性はあるんだ。





2ヶ月前の今日という日。


その日があって、もう一度、深く考える。。









    *************************************





思えば、あの頃は 偶然が何度か重なった時期でもあった。


3・11より2日前に大きな揺れで目が覚めた・・・が、本当は揺れてない。
所謂、「夢見」というものだろうけど、夢という感覚は無かった、本当かと思った。


あの日の昼頃、チャットで偶然 地震の話をした。
阪神淡路の震災の経験の人が、何気に話しだし、私は夢?の話をして、、
宮城の女の子が話に加わってて。。

地震が来たら、どんな所に避難したらいいとか、津波の時は高い所へ逃げろとか
訓練や備えのことも話が出て、、
お昼ご飯の時間だからと、「またね〜」と離れて・・・。







その前にからも、何度も思ってたけど、

これが きっかけになったか、、より具体的に「これだ」と思ったこと、浮かんできた。



私なりの『覚悟』だった。






私たち家族、身内親戚などは、殆ど関西圏。

長男は、関東。



自分の中の覚悟。
どちらがどうなったとしても、その時のことを話すという想いと。
それらが、とてもはっきりと頭に浮かんできたのを覚えてる。

どちらがどうなっても・・・と思いながらも、その時、頭にあったのは、、 東海の方だった。



「よし!」



と、頷いてたのは・・・・2時間前だった。







 



先日の帰省の時は、、まだ言えなかった。。

次男も友達と出掛けてたり、私も仕事で出たり入ったり。。
ゆっくりとは 話せなかった。。


が、あの様子を見たら、大丈夫だろう。。




私たちが、先にいない状態になったら、

息子は(それが大きな災害なら、特に) 天涯孤独になる可能性ある。。




その旨を話をすることは、、酷でもない。


他の形でも、そういう状況は来るんだ。。






もし、盆に帰ってきたら、 


今度は話そう。。














 

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コメント(8件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして!
知らないうちに子供達は逞しくなっているんでしょうね
それでも、いくつなっても子供は子供です^^
私も息子が東京にいますが、マリルンさんの子供さんと同じように
平然としていて、本当にいざと言う時大丈夫だろうかと
家内と話しています。
親としての準備をしなければとマリルンさんのブログを
拝見して思いました。
923
2011/05/13 06:15
☆923さん

初めまして〜。^^
コメントありがとうございます。

人間生きてる内は、必ず何かあります。
命に関わる事も起こりますよね。。
だけど、実際「まさか・・・」と思ってしまうことが多い様な。。
(心配性が過ぎるのも いけないけど)
「まさか自分には起こらない」ではなく、
イザという時の心構えは覚えていたいものですね。。
マリルン
2011/05/14 17:51
ご無沙汰ですね。ボクの家ではあの日以降安否確認の掲示板とかに家族全員登録しました。妻とボクは万が一の集合場所とかも決めたし。

で自分は宇都宮市に住んでるのですが、自分の家ではあの日停電にも断水にもならなかったし、近所もほとんど被害はないようでしたが、同じ市内でも駅の反対側では水も止まるし道路も通行止め被害もあって大変だったようです。

いろんなことを想定しておくのは悪い事じゃないですね。うちの妻は相当ナーバスになっていてそのこと自体は少し気がかりです。
たーぼ
2011/05/14 22:44
★ターボさん

こちらこそ御無沙汰ばかりで すみません〜。
大変な思いをしたけど、その為にも備えておくという事、
物ばかりじゃなく、情報伝達も今回知る事になりましたね。
人は時間が経つと「喉元過ぎれば・・・」となりがちですが
大切な事を忘れない為にも、定期的に思い出したりすることも
大事かとも思えます。

そう、、長男のいる場所も、ホントに自転車で数十分の所でも
全然状況が違いました。

先程も「覚えておくこと」と言いましたが、
それはイザという時の大切な事であって、
不安は除きたいものです。。。
でも、それの方が後々まで記憶に残ってしまう・・・。
…気持ちを落ち着けられますよう、、思います。。
お大事になさってくださいね。。
マリルン
2011/05/15 21:45
こんばんはぁ〜。
ハロンの妹も今、千葉に住んでおりますよ。
市川市とか言ってました。^^

この間、広島で3人の子供が川に流されて
亡くなる事故がありましたけど、
それを見ながら、親が一言。
「そういう運命で産まれて来たんだよね」と。
人は産まれてくる時、自分の人生の台本を
自分で書いて産まれてくると
聞いたことがありますけど、実際はどうなのか。^^;

まぁ、それは誰にも分かりませんけど、
生と死の一線なんて、危うい綱渡りみたいなもので、
明日生きていられる確証なんて、どこにもないですからね。
だからこそ、毎日を大切に生きようと、
ハロンは常日頃、考えています。^^
「何時か死んでしまう」というより、
「生きていく」という覚悟を決めながら、ね。
自殺してしまったアイドルの方もいますが、
人間始まりがあれば、終りがくるんですからね。
そんなに急いでゴールテープを切ることもないと
思うんですけどねぇ〜。
(話が逸れてしまったw)
ハロン
2011/05/17 00:06
こんばんわです。
親として家族として、今伝えたい事、言っておきたい事、色々ありますよね。
ましてや震災のような事が起きると、なおさら強く思うものですね。

僕の娘は2人とも今は家に居ますから、ある程度安心感はあります。
何かあっても、すぐに迎えに行けるとか、探すことが容易だとか、状況が想定できるかと言う意味で。
下の娘はまだ小学生ですから、難しい話は出来ませんが、上の娘は成人してますから、最近はよく『親が何時までも生きていると思うなよ』と言う趣旨の事を言い聞かせています。
死にたくなくても、死んでしまう事は十分想定できる訳で、僕やかみさんがそうなったときの心構えと言うか、覚悟みたいなものを教えておきたいと思うこの頃です。
歳食ったな〜俺も;;
bowz
2011/05/18 22:56
★ハロンさん

「運命」と「宿命」の意味の違い、何かで読んだっけな・・・
確か「運ぶ」の字の方が自分の力で(努力や考え方で)の意味だったような?
どっちにせよ、「人の命の長さ」は人間には解らない。
神様は知ってるかも知れないけど・・・
だからこそ生きていけるんだと思います。
生きるというチャンスと、修行と、両方貰ってるんじゃないかなぁ。

『最期』と書きますね。「最後」じゃなく「期」。
これは私なりの解釈ですが、最もと言う意味とその時期と思うのです。
一つのポイント≠サこにあって、門をくぐるみたいな。
人生の卒業証書を貰う時、と言う解釈でいます。
その人の「証(あかし)」ですから。^^
マリルン
2011/05/24 23:09
★bowzさん

「災害は忘れた頃にやって来る」と言う言葉は、
私が子供の頃によく聞きました。
設備等、昔の事だからまだ充分じゃなく、水害などの時はよく近所で浸水あったりと記憶にありますが、大きな災害(地震も)などが、続けて起こるという様な事が無かったからか・・・、
だから、この言葉を聞いたんでしょう。。
その通りで「忘れちゃいけないよ」と言う事であるんですが、
やはり誰でも経験することで、もう一度考える≠ニいう人が多いと思います。

実は、「もし親が居なくなってしまった時」という事を考えだしたのは
随分前でした。 漠然とでしたが。。。
自分らで生きていってもらいたいから、
責任持った考え方を行動をと、言ったこともあります。

只、「いつ どうなるか、直ぐに どうかなるのか?」などという
不安を持ったり悲観するのでなく、覚悟さえ持てば
後は明日への夢を持って、持ち続ける事が出来て…と思います。
マリルン
2011/05/24 23:43

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